【1】 相続対策 争族対策と相続税対策
相続対策と聞いて一般の方が真っ先に思いつくのは相続税対策という税金の対策です。それが故に相続税が課せられないご家庭にとって相続対策は必要のないことと考えられがちです。
あなたにとって一番大切なものはなんですか?と問われれば多くの方は家族の名前を出されます。将来自分が亡くなった後、その大切なご家族の縁を守るための対策が「争族対策」であり、相続税という税の対策はその範囲内でしなければなりません。
「うちは揉めるほど財産がないから(対策の必要がない)」「うちは仲がいいから(対策の必要がない)」という話もよく聞きますが、争族トラブルに一番巻き込まれているのは、相続税が課せられない一般のご家庭ですし、それまで仲が良かったとしても、相続をきっかけに仲が悪くなるご家庭もたくさんあります。
一番大切な家族の縁のため、遺されるご家族がいれば「争族対策」は必要です。
【2】争族対策
相続税の対策の前に意識しないといけないのが「争族対策」です。ご家庭によって必要な対策は様々ですが、一般的に以下のような対策があります。
(1)争族対策/ 遺言書
元々の財産の持ち主である方(例えば両親)の想いが伝われば、相続人間の争いごとは極力抑えることができます。また相続が発生した後の遺産分割協議が要らなくなりますし、遺された財産の内容も把握しやすくなり、相続人の手間を省けます。
ただし、自分が遺す財産だからといって自分勝手に財産の分け方を決めてしまうと、逆にトラブルになります。家族同士で話し合ったり、遺言書の付言事項などで、なぜこの財産をあの相続人に遺すのか想いを伝えることも重要です。
(2)争族対策/相続財産の把握
一緒に住んでいるご家族でも、家族の財産全てを把握しているケースは少ないです。実際に使用している預金口座の通帳・毎年送ってくる固定資産税の納付書などである程度の財産を把握できても、普段使用していない預金口座やネット口座の存在、過去に払い済みになっている保険の存在を把握することは本人でなければ、探し切ることは困難です。
特にパソコンやスマホの中に残されているネット口座などのデジタル遺品についてパスワードが分からず諦めるケース・そもそも存在すらも知らないケースは今後増えていくでしょう。また保険についても請求には期限があり、請求漏れとなっている保険金は年間1.6兆円という調べもあります。
そうならないためには財産を遺す方が自分が遺す財産の所在・必要なパスワードはきちんと一覧にしておかないといけません。残さないといけない事項について、本人も気づいていないこともありますので、市販されているエンディングノートなどを利用されることをお勧めします。
財産の全てを把握しきれていない場合、相続人がしないといけないのが財産調査です。郵便物などで知り得る情報から、その郵便物の送り先に連絡して、故人が遺したものがないか調べます。
特に相続税の申告が必要な方であれば、その財産の所在を知らなかったので、申告しなかった、申告する財産に含めなかったという言い訳は通じません。
相続人に余計な手間と心労をかけ、余計なトラブルを招かないように相続財産の一覧とパスワードの一覧は残すようにしてください。
(3)争族対策/分けにくい財産の対策
遺産分割で相続人間でトラブルになりがちなのが、不動産など分けにくい財産の存在です。
不動産を遺す場合、ご自宅だけのご家庭がほとんどだと思いますが、平等にしようとして一つの不動産について共有にすると、不動産を利用する人しない人の不平等が出てきます。また共有にしてしまうと、共有者全員の意思がなければ売却できないことになります。その結果、共有のまま、どんどん下の世代に権利が移っていき、ほとんど面識のない親族同士が共有者になったりします。こうなってしまうと共有者全員の意思を確認することが困難になり売るに売れない不動産になってしまいます。
生前にご家族同士、今後の不動産の利用の仕方を考え、不動産を利用する人がいないのであれば、平等に分けること、納税資金のことも考え、売却を視野に入れることも必要です。
ただし、生前に売却し不動産を現金などに変えてしまうと、相続税の負担が大きくなるケースが多いです。売却するにあたって、生前に売却するのが良いのか、相続後に相続人が売却するのがいいのか、相続の得意な専門家に相談されることをお勧めします。相続税の問題はありますが、まず争族トラブルにならないようにすることを第一優先でご検討ください。
(4)争族対策/生命保険の活用
相続人が故人から財産を引き継ぐ割合、相続人が遺産を貰える権利、法定相続分があるのはご存知の方は多いと思います。相続人でその分ける財産に生命保険金を含めなくて良い、つまり遺産分割の対象にならず受取人がそのまま受け取れるというのはご存知でしょうか?
介護で世話になった相続人の家族に報いるため予め保険金でケアしておけば、他の相続人にその存在を知らせることもなく、介護でお世話になった相続人の恩に報いることができます。
また生命保険金は、不動産などの分割しにくい相続財産があるときにも役に立ちます。自宅を長男に遺す代わりに次男は保険金でケアする方法をとっておけば、分け難い財産があったとしても分割で揉めないようにできます。
(5)争族対策/ 想いを伝える
最後に、「争族対策」にとって一番大切な想いを伝えることです。
誰しも自分の死について連想したいものではありません。だからと言って遺されたご家族に想いを伝えていないと、預金から引き出した数万円ですらトラブルになってしまいます。
財産を遺す本人が財産を把握し、想いを伝え、分け方を家族で考えることが「争族対策」なのですが、遺される家族の方からその対策について切り出すのは、難しいものです。家族の縁を守るため自分のいなくなった後のことはご自身から切り出すことが必要です。
【3】相続税対策
相続税対策とは、過度な相続税の負担を避けるため生前に相続税の対策をすることです。相続税は遺産が残されていれば誰にでも課せられる税金ではなく、財産の額から借金などに負債を引いた正味の遺産総額が基礎控除額「3000万円+600万円×法定相続人の数」を超えると相続人に課せられる税金になります。
相続税対策の基本は、相続が発生したときまでに遺された財産を減らす、評価額を下げることにあります。財産を減らすといっても、散財しろという意味ではありません。
相続税の過度な負担を減らし、家族にできるだけ多くの財産を遺す方法を列挙していきたいと思います。
(1)相続税対策/暦年贈与の活用
贈与税には暦年課税制度と相続時精算課税制度があり、一般的に年間110万円までは贈与税が課せられないのは暦年課税制度のこととなります。
暦年課税制度は、年間にもらった財産の合計額が110万円以下なら贈与税は課せられないので、子や孫数人にコツコツと長い年月をかけて贈与をすれば、相続が発生するまでにかなりの財産を減らすことができます。
また、110万円をコツコツ贈与しても相続する財産が多額で遺産総額に対し減らせる財産の額がしれているというケースもあると思います。その場合、110万円を超えて贈与しても相続税対策になります。
相続税は遺された財産の額が多ければ多いほど税率が上がる超過累進税率がとられています。相続税は最高税率55%にもなります。相続まで財産を遺しておくのではなく、贈与をして贈与税が課せられたとしても相続税率よりも低い税率で財産を移せるのであれば、相続税の節税の効果は110万円の範囲内で贈与するよりも大きな節税になります。
ただし基本的に贈与税の方が相続税の方が税利率は高いです。いくら贈与すれば節税になるかは、相続税が得意な税理士に相談することをお勧めします。
※現行では、相続開始前3年以内の贈与は、相続税の課税対象になります。これを、「生前贈与加算」といいます。
令和6年以降の贈与から、その「生前贈与加算」の年数が7年に延びます。つまり高齢になり慌てて贈与したとしても相続税に計算し直されるので、生前贈与により節税しようと思えば、若いうちからコツコツと行う必要があります。
(2)相続税対策/贈与税の特例の活用
贈与税法にはその目的に応じて一定の額まで非課税になる制度があります。年間110万円の非課税枠と加えると、相当の金額を非課税で贈与することができます。
①教育資金の一括贈与の非課税
父母や祖父母など直系尊属から、30歳未満の子や孫が教育資金の贈与を受けた場合に、一定の要件を満たすときは、最高1500万円まで贈与税が非課税となります。
国税庁HP https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4510.
②結婚・子育て資金の一括贈与の非課税
父母や祖父母など直系尊属から、子や孫が結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合に、一定の要件を満たすときは、最高1,000万円まで贈与税が非課税になります。結婚や子育てに関する費用を負担したとしても通常生活に必要な範囲内であれば贈与税がかかりません。結婚・子育て資金一括贈与の非課税制度は、必要になると見込まれる資金を前もって一括で贈与する場合に効果があります。
国税庁HP https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4511.htm
③住宅取得等資金の贈与税の非課税
令和2年4月1日〜令和5年12月31日までの間に父母や祖父母など直系尊属から、子や孫が住宅取得等資金の贈与を受けた場合に、一定の要件を満たすときは、次の金額が非課税となります。
・省エネ等住宅 1,000万円
・省エネ等以外の住宅 500万円
国税庁HP https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4508.htm
(3)相続税対策/配偶者に居住用不動産を贈与する
結婚してから20年以上連れ添った配偶者に居住用不動産又は居住用不動産の取得資金を贈与したとしても、2,000万円まで贈与税がかかりません。
また、この贈与は【3】(1)で説明した「生前贈与加算」の対象ともならないので、生前贈与加算の期間が延びた今、利用するケースが増えてくるのではないでしょうか?
なお【3】(2)で説明した贈与についても、いずれも生前贈与加算の対象とはなりません。
生前贈与加算
国税庁HP https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4161.htm
(4)相続税対策/生命保険の活用
生命保険を掛けていた方が、お亡くなりになり保険金を受け取ると、生命保険金は民法上相続財産ではありませんが、相続税の計算においては相続税の課税対象となります。ただし、保険金の受取人が相続人であれば「500万円×法定相続人の数」までは非課税となり、相続税の課税されません。
将来相続税が課税されるご家庭であれば、まず保険の見直しを検討されてはいかがでしょうか?保険金の非課税枠を生かし切れていないご家庭が意外と多いです。
(5)相続税対策/賃貸用不動産として利用し評価額を下げる
市場価格1億円の不動産と現金1億円では、一般的に現金1億円の方が相続税の評価額が高くなり、相続税が高くなります。
生前に所有している不動産について売却した方が良いか相談に乗ることがよくあります。老人ホームの入居などで多額の資金が必要などの家庭の事情、納税資金の準備などを除き、相続税の負担を減らすという観点からは、不動産の方が現金より評価が低くなるので売らない方が良いという結論が多いです。
また、所有している不動産を賃貸用にして賃借人がつくと、所有者がその賃貸用の不動産について、自由に使えなくなるため、相続税の課税対象となる評価額が下がります。
さらに賃貸用の不動産のうち土地については「小規模宅地の特例※1)」という最大200㎡まで評価額を50%下げる特例があります。
※1)相続開始前3年以内に賃貸事業を始めたとしても、当該賃貸用不動産については「小規模宅地の特例」の対象とならないので注意が必要です。
(6)相続税対策/自宅の評価額を下げる
現在家族で利用している自宅について、他の不動産と同様に課税してしまうと、ご自宅を売却しないと納税できなくなってしまうなど過度な税金の負担を強いてしまうため、一定の条件を満たす方が承継したご自宅についても「小規模宅地の特例」が適用されます。最大評価額を330㎡まで80%減らせます。ただし、この特例は被相続人の配偶者・被相続人の同居の親族が相続または遺贈で引継ぐ場合を除き、条件が厳しくなります。
ご自宅の土地の評価額が80%も減額されるので、相続税額に与える影響が大きいです。被相続人の配偶者・被相続人の同居の親族以外の方が、故人のご自宅を相続する予定であれば、一般に公開されているHPを鵜呑みにしないようにしてください。ちょっとしたことで小規模宅地の要件から外れてしまうので、相続が発生する前に、相続税について得意な税理士に相談されることをお勧めします。
(7)相続税対策/内装リフォーム
ご自宅を相続し、そのまま家族がその家に住み続ける予定であれば、必要な内装リフォームは相続税の節税になります。生前にしておけば現金、税金を払った後の財産でリフォームするより節税になります。仮に建物の固定資産税評価額が変わるような大規模な修繕であったとしても、現金でそのまま相続する場合に比べ、相続税評価額は下がります。
ただし、長年住み慣れた家を生前に改修することは、ご高齢の方にとってストレスになることがありますので、家族に配慮することを忘れないようにしてください。
(8)相続税対策/墓地や仏具など非課税財産の取得
お墓や仏壇、仏具といった祭祀財産には、相続税がかかりません。生前に購入しておけば、相続開始時点では、相続税が課せられる現預金から相続税が課せられない非課税資産に変わっていますので、その分相続税が節税となります。
(9)相続税対策/値上がりの見込まれる財産を贈与する
経営者にとって毎年利益が出ると言うことは望ましいことですが、毎年のように利益を積み上げることは、会社の株式の評価額が上がり、その株式の所有者に万が一があったとき相続税の負担を大きくなります。
毎年利益が出る会社の株式であれば、今後、評価額が上がることを考慮し、生前に贈与しておくことも税金の負担を抑えることができます。
贈与をすれば、贈与税が課せられますが、相続時精算課税制度を利用すれば、2,500万円までの財産であれば贈与税は課せられません。相続時精算課税を選択した場合、贈与した財産の価額は、相続税の課税対象となりますが、課税対象となる金額は贈与した時点での金額になります。つまり、評価額が上がる前の金額で相続税が課されますので、その分節税となります。
(10)相続税対策/養子縁組をする
養子を縁組をすれば、相続人が増えることとなります。相続人が増えれば、ここまでの財産であれば相続税が課せられない相続税の非課税枠が、相続人1人増えるにつき600万円増えます。また生命保険金の非課税枠も1人増えるにつき500万円増えます。
ただし、非課税枠が増やせる相続人の数には上限があり、実子がいれば非課税枠が増やせる相続人の数は1人まで、実子がいなかった場合でも2人までとなっています。
この節税を目的とした養子縁組で多いのは孫を養子にするパターンです。非課税枠の金額が増やせる相続人の数に上限がありますので、養子にして貰った孫のご家族と、養子にして貰わなかった孫のご家族との不平等が生じ、トラブルになることもありますので、孫養子については家族で話し合って決めるようにしてください。